……俺は怖い夢を見ていた……、

 猫が夢を見ないなんて誰が言うのだろう。昼間に夢を見た。

大カマキリの軍隊と戦争する夢だ。俺がいじめたり食ったりした虫たちが、大軍になって俺に向かってくる。

 先頭にはノコギリクワガタとカブトムシが重戦車みたいに、黒光りさせた身体で大木に成った青草をなぎ倒しながら、真直ぐ突き進んでくる。両脇には真っ赤ちんのアメリカザリガニが、俺の大切な鼻を挟んでやるぞと大きな挟みを振りかざしてる。その後に続く大アリの歩兵もうじゃうじゃいて数え切れない。

 味方だって負けてはいない………が、頼りない。

  蝉の小便じゃ火炎は消せない。オニヤンマのヘリコプターが空に飛んで、殿様バッタも飛んだり跳ねたり、ショウリョウバッタはミサイルみたいで、ヒシバッタは鉄砲玉、アオクサカメムシは一列に背中を向けて防御盾、時々風向きが変わると臭い匂が味方を襲う。猫の屁と同じで、やっぱりこいつは臭いのだ。    
          
 入り交じっての戦闘になった。俺の回りは敵だらけで、ノコギリクワガタは植木鋏のような角をジャキジャキ鳴らしながら、俺の足をちょんぎってやるぞと迫ってくる。カブトムシは重戦車、ニョキリと頭から突き出した大砲でカナブンを砲丸にして飛ばすけどあんまり怖くない。      

 ザリガニは真っ赤に焼けた鋏を振り回しながら、リャリャリャリャなんて中国の武道家みたいな声まで出して、俺の鼻先目がけて襲い掛かる。俺は覚えているが、こいつの爪に挟まれると飛び上がるほど痛い。

 以前に、正一君が遊びに来たときに置いていったザリガニが、洗面桶で跳ねてているのを見付けて、何だろうと鼻づらを近付けた。そうしたら、振りかざしていた大きな爪をいきなり振り下ろして、俺の唇の端っこを挟んだんだ。

 びっくりやら痛いやらで、慌てて振り落とそうとブルブルしたら、ザリガニはすっ飛んだけれど大きな爪がもげて唇から離れなくて、俺はパニックになったことがある。 
        
 あっ、こ奴、よく見ると、片方は薄茶の小さな爪が生えているだけで、大きな赤い爪は片一方だけだ。何だかピーターパンのフック船長みたいに執念深い奴だ。    

 「あの時はザリガニ君が悪いんだ」 
 「ザリガニ君、落ち着いて話し合おうよ。話せば分かるよ」

 猫にだって苦手はある。何せ一度体験しているから、紳士言葉をめちゃくちゃ並べて、ついつい逃げ腰になっている。   

 緑色のオオカマキリは大将で、いつもよりも何十倍も何百倍も大きく変身して威張っている。

 「ツートンよ、日頃のうらみだお前を食ってやる、お前を頭から一飲みにしてやるぞ」

 おっおっ、俺より巨大だ。突き出した目玉は緑なのに口には赤い口紅を指して耳のところまで裂けて、時々ビュウビュウ火を吹くんだ。おまけに凶器に変わった大釜を勝ち誇って振りあげる。

  ちょっとだけ気味が悪いのは、腹を踏ん付けたら尻から出てくる針金のようなネジネジを、自分で絞り出している。

 でも俺は怖くない。今までに何匹もやっつけたことがあるから、一騎打ちなら負けはしない。俺だってやるときはやるんだ。

 それにしても、この俺がものすごく危険な目にあっているのに、茶虎バッパもアルも、チンもプーも、ガ太郎もジョンも、誰も助っ人に来ない。あ〜あ、いざとなるとみんな冷たい。猫は孤独だ。

 絶体絶命になったとき、俺の身体が持ち上がった。草むらに眠っていたガマ太郎が、のっしのっしと動き始めた。鼻からモクモク煙を出しながら、ブシューっと水滴を飛ばして適を小さくしてしまう。それから、紫色の長い舌でペロリペロリと敵の虫たちを飲込むんだ。

 俺は時代劇の地雷也に成った気分で、ガマに跨がって指揮を取る。敵はひるんで後退りをする。このガマ一匹いれば怖いものなんて無い。

 ………と思ったら、ガマ太郎が狂いだして味方も何も当たり構わずペロ飲みにするんだ。・・・俺は大将だから、ちょっとびびりながらもガマの頭をポカリと殴った。

 ………何と、先陣をきって敵を蹴散らしていたガマ太郎は、ブシュブシュ音立てて元の大きさになってしまった。俺は小さく成ったガマの上で転げ落ちないように、何だか変てこりんな猫踊りをしている。

 あれれっ、これに気づいた敵の虫たちが向きを変えて攻めて来る。踊っている場合じゃないぞ。格好悪いやら危ういやら………で、目が覚めた。 

 俺の鼻先をミドリカマキリが威張って通り過ぎる。こいつ、捕まえて食ってやる。

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